うつ病地獄から脱出した方法④〜毒親を赦す「誰か1人が悪いわけじゃない」〜

こんばんは!ブロリです!

今日は前回の「生い立ちからわかったこと」を更に深掘りしていって、

毒親を恨まないで済んでいる理由

について書きますc⌒っ゜д゜)っφ

 

前回の記事はこちら

うつ病地獄から脱出した方法〜原因の原因を探る②〜

 

まず、簡単に

最初に毒親(私の場合、厄介度的に>母)に対して

抱いていた不満をザッと書いておきます。

  • 感情のコントロールをして欲しかった
  • 成績だけではなく私自身に興味をもって欲しかった
  • 風邪を引いた時や怪我をした時に心配して欲しかった
  • テレビを見たり友達と遊ぶ時間を与えて欲しかった
  • お金の管理はきちっとして欲しかった

とまぁ、こんな感じでした。

父は、感情コントロールと共感力に欠け、力で支配する亭主関白でした。

母は、子供に激情する父を止めることもなければ、子供をフォローすることもない傍観者でした。

しかし、実はプライドが高く、非を認めない人でした。

また、金銭管理ができない人でした。

毒親のバックグラウンドを考える

色々不満はありましたが、父も母も一般的な家庭で育ってきてはいないことを知っていたので、2人の立場に立って2人の生い立ちを遡りました

父も(父方の)祖父から十分に愛情を受けていなかった

父と祖父、母、それぞれから聞いた話を参考にしました。

祖父は、今でいう京大に合格した程頭が良かったそうですが、あまり子供に興味をもたない人だったそうです。

子供の遊び相手をすることも、遊びに連れて行ってやることも無かったそうです。

父が小学生だった頃、祖父は不倫をし、(なぜか)実家を住めない状態に壊して出て行ったそうです。

そのことを、今でも父は根に持っているとのことでした。

父は中学から専門学生時代まで剣道をしていたのですが、あまり試合では勝てていなかったそうです。

また、父は公立高校→専門学校へ進学→家業を継いで、祖父の借金を返すために重労働

弟(私からみて叔父)は進学校の私学→有名大学へ進学→大手企業で役職についているという差…。

こういった生い立ちを踏まえて、私の父に対する不満を分析したところ…

①祖父が不倫をして出て行った件を今でも酷く恨んでいる

癒されていないまま祖父と仕事をしているため、常にイライラしていおり心に余裕がない。些細なことで激怒してしまう。

②子供に関心がない、共感力に欠ける

父自身も祖父から関心を受けていなかったため、自分が関心や共感力に欠けているとは気づいていない。

③成績(主に数字)重視

→祖父と弟が賢く、実績も出していたことにコンプレックスを抱いており、その結果自分の子供の成績にうるさくなってしまったのではないか。また、剣道で成績を残せてこれなかったのを、私を育てることで叶えようとしていたのではないか。

これだけの仮説が立てられました。

自分の居場所を探していた母

母は、(母方の)祖母が母を産んで間もなくして病気で他界していました。

(母方の)祖父は母の姉(私からみて叔母)1人を育てるので手一杯だったため、母を親戚の家に養子へ出しました(最初は親戚をたらい回しにあっていたとか)。

親戚の家では、何不自由なく暮らしていたそうですが…

母は父と結婚する際に戸籍謄本を見て、自分が養子であることを知り大変ショックを受けたとのことです。

また、育ての親である母が亡くなった時に、育ての親の父が母を実の父のところへ返したいと言っていたことを、後に聞いたということです。

その事を母は「私は2回捨てられている」と言っていました。

そういう生い立ちがあったことから立てた仮説がこちら↓

①傍観者だけどプライドは高い

養子だった母は、自分の本当の家族(居場所)は私たちだけだと思っており、

その居場所を無くさないために、絶対的な存在である父に立ち向かうことを選ばなかったのではないかと思います。

彼女のプライドの高さも、自分の存在意義を守るために生まれたものだと思います。

きっと、親戚をたらい回しにされたということから、(自分は誰からも必要とされていない人間だったのか)と不安にならないように、自分を励まし続けているのだと思います。

②金銭管理ができない

→育ての親のところは金銭的に余裕があるところだったようで、良いものを食べていたそうです。

そのためか、母は家計に余裕がない時でも、1人だけお寿司を食べていることが多々ありました。(本人は節約しているつもりだったのかもしれませんが、私たちが「うちの家はお金があるんだ」と勘違いする程でした)

後に、私の奨学金が母によって何に使われていたのか闇に包まれ、私から借りているお金も催促してもなかなか返さず、100万弱の謎のキャッシュローンも作っていました…。

結論、「しょうがないな」

誰か1人のせいではない

このように勝手に仮説を立てた結果、

父も母も、それぞれの親から一般的な教育と愛情を受けていなかったし、

また、同じようにそのそれぞれの親にも事情があったのだと思います。

(父方の祖父は、祖父の母が厳しかったのと、6人兄弟の長男だったため京大へ合格するも進学をさせてもらえなかったとか)

となると、親を恨むという気持ちは無くなりました。

まあ、どこかで誰かが本気で自分の性格を見つめ直してくれていたら、

また違った結果になっていたかもしれませんが…。

私も、うつ病にかかり、それを根本的に治すために努力したという経験があったからここまで自分を見つめ直す作業ができたと思っています。

でも、見つめ直して幾分マシになったとはいえ、

まだまだ直したいところはあるし、憧れの大人の女性像の足元にも及んでいません…。(´;ω;`)

理想は元ジュディマリYUKIちゃんです。

彼女のように、自分のことが最高に大好きで、大切な人との時間も1人の時間も全力で楽しんでいる、笑顔がステキな女性になりたいです。

その理想像に近づくべく、日々色んな分野の勉強に励んでいるので、

またその勉強した内容も更新していきたいと思います。

では今日はここらへんで。

また明日〜

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