うつ病地獄から脱出した方法③〜子供の自分の気持ちを分析せよ〜

こんばんは!ブロリです!

今日は前回の続きで、生い立ちからわかったことです。

生い立ちを書いた前回の記事はこちら→

うつ病地獄から脱出した方法〜原因の原因を探る①〜

 

皆さんも良かったら自分の生い立ちから、子供の頃の自分が周りに求めていたことを考えてみて下さい。

そんなことをして何が得られるかって?

自分の癒されてない、腹の奥のドス黒い部分が綺麗になります。

癒されてない部分は、今の自分にも漏れ出てます。

イメージが湧かない方は、私の例を参考にしてみて下さい~(/・ω・)/

 

 

子供の私が周りに求めていたこと

私の場合、周り=主に親や先生に辺ります。

私を認めて欲しい

父が少し成績が悪いとブチギレするタイプだったのもあって、単純に恐いから怒らせたくないというだけではなく、どうにか褒めて欲しいという気持ちがあったように思います。

だから、父が喜ぶ良い成績を出すことに全力で取り組みました。

でも実際は、結果を出しても褒められることは少なかったです。

また、怒られる恐怖が常にあったので、剣道の試合で優勝しても喜んでいられるのも一瞬だけでした。すぐ、次の山場(試合)が何ヶ月先にあるか思い出し、(次勝てるかな…大丈夫かな…)と不安でしょうがなかったです。

他の剣道の先生にも、直接褒められることはあまりなく、「調子にのっている」という評価を受けることが多かったのもショックでした(自信がなさ過ぎて、自分を鼓舞し続けていたのが態度に出てしまっていたのでしょうか…)。

私はずっと自分に自信がありませんでした。

そういった生い立ちを引きずったまま大人になりました。

そのため、過度に人の評価を気にして生きてきたと思います。

社会人になってから、上司に好かれていた同僚の文句ばかりでしたね。

(なんであの子は態度悪いのに気に入られてるの?)

(なんであの子は挨拶もまともにしないのに嫌われない?)

(なんであの子は全然勉強しないのに褒められるの?)

という不満ばかり。

人の評価を気にしてない人は、そんなことは気にしないでしょう。

私は承認欲求不満だったのです。

ありのままの私に興味をもって欲しかった

父が数字による評価を重視していた一方、私は数字で評価できない部分を見て欲しかったように思います。

小学校3年生から、父による剣道のエリート教育?を受けていました。

運動能力を上げるためにか、学校の選択授業も絶対に体育を選べとの指示でした。

でも、私が好きだった教科は、図工(美術)、家庭科でした。

絵を描いたり、物を作ることが好きでした。

しかし父は、私自身が好きで剣道だけを頑張っていると思って疑わなかったのでしょう。

他に好きなことや、やりたい事があるか聞かれたことはありませんでした。

また、父を怒らせないために毎日のように剣道の稽古と勉強に励んでいたので、絵を描いたり裁縫をする時間は減っていきました。私自身も、そうやって自分が本当に好きなことは何かを忘れていったように思います。

今振り返ってみると、もっと私のという人間に興味をもってもらいたかったなぁという本音が出てきました。

そういう生い立ちがあって、人に興味を持ってもらいたいという気持ちを引きずっていました。

どんな環境でも人に少しでも話しかけられたかったし、仲良くなろうとして欲しいという気持ちがありました。

だから、輪に溶け込めなかったり、同じ年代の子で人気者の子が羨ましかったです。

またそこでも自信を失くしていっていました。

認めて欲しい、興味をもって欲しい→まじめに取り組む、人の目や評価を気にする

認めてもらえない、興味をもってもらえない→自己肯定感が低くなる

ストレスを溜めがちな性格は、こういった生い立ちを引きずった結果によるものだと考えています。

このようにして、自分の性格ができあがったルーツを知ることで、癒されてない子供の自分を理解できました

今では、人の目や評価、自分への関心は気にならなくなりました。

元々、自己肯定感を高めるためにやっていたようなSNSは辞めて、(私が経験したことが誰かの役に立てれば)と思い…また少し違うやり方で発信しています。

今日はこれくらいで。

明日は、更に生い立ちを深掘りした結果の最終地点、なぜ毒親を恨んでいないのかについて書きます〜

では、また明日〜

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