うつ病地獄から脱出した方法②〜自分の性格が出来上がったルーツを考える〜

こんばんは!ブロリです!

前回、私がうつ病になった原因の性格をいくつか挙げました。

(前回の記事はこちら↓)

うつ病になった原因探し〜大事なのは原因の原因を考えること〜

 

うつ病を根本に治すためには、「なんでそんな性格になったのか」という経緯まで自分のことを理解することが必要だと思いました。

うつ病や心理学の本、エッセイなどを読み漁り、自分の生い立ちを分析した結果…

最終的には「誰か1人が悪いわけじゃないし、もちろん私も悪くないわ!」

と思えるようになりました。

また、自分の性格を深く知ることができたことによって、

自分で自分を励ますことができるようになりました。

生い立ち

いわゆる毒親だった?

制御不能な父

成績や数字にうるさく、感情的に怒る人でした(時には暴力もありました)。

学校の成績や視力がほんの少しでも下がっていると、明らかに不機嫌になっていました。大幅に下がっていたらもちろんキレます。

剣道での成績は、市内の大会であれば優勝以外は許されません。

家に帰って部屋で悔し泣きをしていたら、容赦なく部屋に突撃してきて小一時間酷く叱責されるのがお決まりのコースでした。

自分のポジションを守る母

母自身はそれ程怒ることはありませんでしたが、怒り狂っている父を止めることはありませんでした。

父のことで母にSOSを出すも「私もお父さんにこんなこと言われてー」と、自分の不満を子供に愚痴ってくるだけでした。

我が道を行く姉と弟

2人とも、そんな成績重視の父は気にせず過ごしていました。

好きな教科は勉強し、苦手な教科は赤点でも気にしない2人でした。

私は自分が父に怒られるのも嫌でしたし、

姉と弟が怒られているのを見るのも聞くのも、その空気を感じるのも嫌でした。

完璧ないい子を目指した私

そんな家庭でストレスを少しでも少なくするために、私は父のご機嫌とりをしだしました。

常にいい成績をとるように、苦手な教科でも勉強に励みました。

剣道では、父に強制的に出稽古に連れ回されましたが、従順に稽古に励みました。

私は自分が怒られないように、かつ、姉や弟に父の怒りの矛先が向かないように、

父のご機嫌をとり続けました。

小学生の高学年〜高校生までは、毎年「今年は父を怒らせない」が目標でした。

(達成できた年はありませんでしたが…)

母にとっても、そんな私は良い子だったそうです。

18歳までこんな人生でした。

次回は生い立ちから分かったことについて書きます。

少しずつの更新ですみません (;´Д`)

ではまた明日〜

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