自殺稀少地域に行けなくても自分から始められることはある

先日この本を読みました。

図書館で見つけて
ぎゅうにゅう
「自殺稀少地域・・・なんか人が温かいイメージがあるけど、このタイトルからしてそうでもないのかな。そうだとしたら結構ビックリかも。」
と思って借りました。
結論、やっぱりその地域の人は温かい!

でも意外だったのは、それほど密な関わりじゃないってことでした。

キーワードは「対話」。

ちょっとこの本を読んで考えたことをまとめてみます。

わたしにできること

人を助け慣れる

大事なことは

  • 自分がどうしたいか(助けたかったら助ける)
  • すぐに助ける(傷が浅いうちに)
  • 自分ができることはする。できないことは人に相談する。(責任はもつが、1人で抱え込まない)

つい、(おせっかいだったらどうしよう)とか
(依存されたらどうしよう)(手に負えなくなったらどうしよう)って
尻込みしてしまうな~って。

でもそうやって「助ける」ことに慣れないと、
助ける方法もちょうどよい距離感もそら掴めるわけないなと。

ほんで助け慣れてないと、自分も助けられることに慣れられないと思ったのです。

 

広く浅くたくさんの人と関わる

よく「親しい人はごく数人でいい」っていいません?
わたしもそう思います。

でも、広く浅い付き合いで
たくさんの人と話している自殺稀少地域の人たちは
対話(コミュニケーション)に慣れている」そう。

1番腑に落ちたのが

ひとがうまく環境とうまく対話ができなくなったときに、ひとは病む。

この対話は、ひとと対話し続けることによって身につく。

「その島の人たちは、ひとの話をきかない」より引用

本当に親しい人は数人でもいいけど、
人との対話のしかたを忘れないために量も必要だなと思ったんです。

あと考え方が狭まらない。

気の合う人としか話さないのって楽しいけど、
考え方が偏って、ほかの考え方を拒絶してしまいそうな気がする・・・。

だからイジメが起こるんだろうなとも思ったり。

 

ひとのありのままを受け入れる

ひとのありのままを受け入れるからこそ、対話ができる。
ありのままを受け入れられなければ、対話にはならない。

そして正義と正義のぶつかり合いが始まる・・・。
この戦いに平和は訪れない・・・。

相手は変えられない。
でも自分は変えられる。

相手を受け入れたら相手も攻撃的にはならないだろうし、
そんな相手に工夫して関わる力も身につく。

いいことしかないじゃない!ってね。

 

工夫し続ける

何が起きても「工夫して攻略してやるぜ!」
ってスタンスで生きる方が強いし楽しそう。

攻略したときの達成感もあるだろうし、引き出しも増えるし。

また、工夫し続けることがしんどいのは、
今まで自分を変えようとしてこなかった証拠だなと痛感。

自分が工夫するより、相手に不満をもち
相手を変えようと(変わってくれと懇願)してた。

わたしにとっては双極性障害も相手。
相手は変えられないので、私が工夫し続けよう。

そしたらきっと、毎日工夫し続けることも今ほどは「大変だ」とは思わなくなる気がする。

 

今後の展望

自殺稀少地域には住んでないし、すぐに引っ越すこともできない。

でも自分から始めることはできるな~と。

双極性障害のことを健常者に「分かってもらいたい」って発信していくことも一つの手ではあると思うけど、

わたしは「双極性障害のことを理解できない(しきれない)健常者」をありのままに受け止めることから始めたいと思う。

きっと逆の立場だったら理解しきれなかっただろうし。

色んな人と対話して、色んな人の考え方を知って、その人のありのままを受け止めて、自分ができることをやり続けていきたい。

そしたらいつか、相手もわたしのありのままを受け止めてくれるかもしれない。

例え受け止めてくれなくても、わたしは変わらず自分のできることを続けるのみ。

いたってシンプル。シンプルって頑張りやすい。